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加美で暮らす人

 

CASE.3

自然栽培で“幻の米”復活

Taichi Naganuma / Kami Town,Miyagi.

Beautiful People

宮城県のブランド米・ササニシキの“父”といわれ、“幻の米”ともいわれるササシグレを、無農薬・無肥料の自然栽培でよみがえらせた同県加美町の農業、長沼太一さん(69)。「喜びも楽しみも田んぼに詰まっている。米作りが楽しくてしょうがない」と子供のように目を輝かせる。

加美町で代々続く農家の長沼さんは「昭和40年ごろは多収の時代で、農家は農薬と肥料をばらまいて競争していた。それが低迷して、付加価値が必要になったとき、そのままでは見いだせなかった」と振り返る。

アイガモ農法などにも取り組んだが、納得がいかず、悩んでいた。長沼さんがササシグレを知ったきっかけは、青森県で絶対不可能といわれた無農薬リンゴの栽培に成功し、「奇跡のリンゴ」と話題になった木村秋則さんとの11年前の出会いだった。
木村さんから自然栽培の指導を受けた長沼さんは、木村さんから、戦後間もないころ「農薬も肥料もなかった時代に大人気だったササシグレのようないいものがあるのに、なぜ作らないのか」と言われたという。

ササシグレは、1952年に生まれた宮城を代表する銘柄。現在はやりの銘柄米の多くがモチモチした食感で糖分が高いものが好まれる中、ササシグレはあっさりとした味わいだが、かめばかむほどうまみが感じられる。しかも熟成させるとうまみが増すという。食味では後継のササニシキを上回るといわれたが、丈が高くて倒伏しやすく、いもち病に弱いことから、品種改良されたササニシキやひとめぼれにその座を譲った。

長沼さんらは、同県古川農業試験場の協力で、原種からの復活に取り組んだ。無農薬・無肥料の自然栽培では、田んぼに生える雑草と稲を共生させる。雑草との競争の中で稲は強く育つため、長沼さんは「よく観察をして、草を取る回数をできる限り減らすのが重要」と語る。こうして育てたササシグレは倒伏しにくく、病気にも強いという。「ササシグレは、農薬や肥料を使って収量を上げる栽培に向いていなかったということ」と分析する。
こうして復活したササシグレは仲間の協力もあって2014年、宮城県の銘柄米として認められた。そして16年5月、ササシグレの食味が酢飯に最適ということから首都圏で展開する「築地玉寿司」の新店舗に採用された。店名は「ささしぐれ 築地玉寿司 表参道ヒルズ店」とササシグレの名を冠し、すべてのシャリをササシグレにするほどの力の入れようで、長沼さんも「ここまでしてくれるとは驚いた。まずいものは絶対に作れないと責任の重さを感じる」と語る。
自然栽培は手がかかって大変では」という質問に、長沼さんは「とんでもない。田んぼに出るのが楽しくってしょうがないので、朝暗いうちから田んぼに出てます」と笑う。
自然栽培を始めて、田んぼに「ミズアオイ」「ミズオオバコ」といった農薬で見かけなくなった野草が戻ってきた。さらにタガメやミズカマキリ、ゲンゴロウなどの水生昆虫、メダカやコイなどの魚たち、そして大量のホタルが帰ってきた。「夏の夜、月が出ている中、田んぼで草取りをしていると、カエルの鳴き声が響く中で田んぼが水鏡になって月を映して、たくさんのホタルが飛び交うのを見ると、ゾクゾクするほど美しい」

そんな田んぼの自然の素晴らしさを伝えようと長沼さんは、幼稚園にホタルを出前したり、園児たちに田植えや稲刈りを体験させたり、「収穫祭」と題して多くの人を招いて稲刈り後に田んぼでダンスをしたりといった活動に取り組んでいる。「農薬を使っていないから子供たちも素足で田んぼに入れるのです。泥の感触を楽しんでいる子供たちを見るのが何より楽しい」と目を細める。

長沼さんは、ササシグレの祖で“幻の酒米”ともいわれる「亀の尾」という米の栽培を始めた。丈が高くて機械化に向かず、化学肥料を使うと米がもろくなるという亀の尾の栽培について「先人はご苦労あったんじゃないかな。そんなことを知るのも、農業の楽しさ。それを若い人に伝えられたらなあ」という。

加美町の良さについて「自然の資源があふれている。それに気づいて、取り戻そうと思えば昔の自然がすぐよみがえる。都会の人たちはそういうものを求めているっていうことに気づけば、もっと生かせるはず」という。出穂したばかりの青々とした稲の写真を見せながら、「お米ってこんなにきれいなんだよ。いっぱいあっから農家は誰も気づかない。都会の人はこういうものを見るとすごく喜ぶ」と誇らしげで、「こうしたものに気づくために“立ち止まる勇気”っていうのも必要なんじゃないかな」と話す長沼さんの目は生き生きとしていた。

長沼太一さん

ながぬま たいち/宮城県加美町まれ。